第4章の表に出てくる \(J/C_Q = 335\ \mathrm{s\,rad}\) という数字が どうやって測られたのか、実際の波形を追いながら再現します。 この試験のうれしさは、電気の知識(\(K_e\) や \(R\))を一切使わないことです。 電源を切った後の世界には、慣性と空気しかいません。

A.1 原理 — 電源を切れば、残るのは慣性と空気だけ

回転中のプロペラの電源を突然切ると、電流はゼロになり、 運動方程式はこれだけになります:

$$J\,\dot{\omega} = -C_Q\,\omega^2$$

これは変数分離ですぐ解けますが、もっと便利な形があります。 両辺を \(-J\omega^2\) で割ると:

$$\frac{d}{dt}\left(\frac{1}{\omega}\right) = -\frac{\dot\omega}{\omega^2} = \frac{C_Q}{J}$$

つまり \(1/\omega\) を時間に対してプロットすると直線になり、 その傾きがそのまま \(C_Q/J\) です。カーブフィットの前に、 「直線になるか」を目で確かめられる——同定ではこの形の見通しの良さが効きます。

A.2 セットアップ — 回転数は光で数える

回転数の計測には反射式フォトインタラプタ(発光と受光が並んだ素子。 正面に反射物が来ると出力が変わる)を使い、プロペラに向けて固定します。 ブレードが通過するたびに出力がへこみ、さらに1枚のブレード根元に貼った 反射テープが1回転に1回、ひときわ深いへこみを作ります。 出力はオシロスコープで記録します。使うのは時刻情報だけなので、 振幅の較正は不要です。

フォトインタラプタの生波形
図A-1: 生波形(定常回転中の約2.5回転分)。4枚のブレードが等間隔に4つの ディップを作り、反射テープのディップだけが深い。テープの間隔 = 1回転の周期。
コラム — 4倍事件: 最初の解析では、深さのしきい値だけでパルスを 数えたため、ブレードの4ディップを全部「テープ」と誤認し、回転数を 4倍に読んでいました。気づいたきっかけは物理量チェックです—— その回転数から出るモータの \(K_v\) は 56,000 rpm/V。この級のモータの相場 (数千〜1万台)から桁違いで、「解析がおかしい」と分かりました。 対策は「深さのしきい値」ではなく「両隣のディップより深いものだけを テープと認める」という相対判定。数字が出たら、まず物理の相場と 突き合わせる——同定の基本動作です。

A.3 ω(t) を復元する

テープパルスの時刻列 \(t_k\) が取れれば、各回転の平均角速度は \(\omega_k = 2\pi/(t_{k+1}-t_k)\) です。記録全体に適用すると:

復元したω(t)
図A-2: 復元した ω(t)。Duty 10% で回して定常(1209 rad/s)に達した後、 電源をカット。以降が解析に使う「コーストダウン」区間。

A.4 1/ω は直線になる——はずが、反っている

1/ωのフィット
図A-3: コースト区間の 1/ω。緑の破線が「空力だけ」の直線。実測(青点)は 後半(低速側)で上に反っていく。赤線はクーロン摩擦まで含めた 3項モデル \(\dot\omega = -a\omega^2 - b\omega - c\) のフィット。

よく見ると、実測は直線から上に反っています。犯人は軸受などの クーロン摩擦(速度によらない一定トルク \(\tau_c\))です。 摩擦を含めた運動方程式で書き直すと:

$$\frac{d}{dt}\left(\frac{1}{\omega}\right) = \frac{C_Q}{J} + \frac{\tau_c/J}{\omega^2}$$

第2項は \(\omega\) が小さくなるほど効くので、減速の後半で直線から外れる—— 図の反りはこの式の署名そのものです。そこで直線ではなく 3項モデルを全域フィットすると、\(J/C_Q = 1/a \approx 333\ \mathrm{s\,rad}\) と摩擦 \(\tau_c \approx 9.4\times10^{-6}\ \mathrm{N\,m}\) が同時に得られます (本編の確定値 335 は前処理の細部が異なる解析で、差は1%未満)。 安易に「直線の傾き」を全域で取ると、摩擦の分だけ傾きが水増しされ、 \(J/C_Q\) を4割も小さく見積もってしまいます——モデルの外にある物理は、 無視すると必ず数字を曲げます

A.5 結果と使い道

データ: data/stampfly_prop_round_test.wfm(2秒 Duty10% → カット)。 解析の再現: notes/calc/coastdown_id.py(本解析)、 notes/calc/make_appendix_figs.py(本ページの図)。